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「びわ湖バレイのスイセンの丘」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/05/18(Fri) 13:21 No.5258   HomePage

『ネタ旅紀行』に「びわ湖バレイのスイセンの丘」を入れました。

ページに入れた写真ですが、3枚を大きくして載せてみます。
ページには写真を入れ過ぎた感がありますが、このスイセンの丘は、
狭い範囲で写真を撮ったので、撮った写真はたくさんになりました。

ロープウェイ乗り場の混雑ぶりを撮っていなかったことと、
120名乗りの大きなロープウェイも撮っていなかったのが悔やまれます。
余りにも大勢の人達の混雑ぶりに圧倒されて写真を撮る意欲がなかったです。



「恵那の芝桜と園原の水芭蕉」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/05/13(Sun) 11:17 No.5255   HomePage

『ネタ旅紀行』に「恵那の芝桜と園原の水芭蕉」を入れました。

「ヘブンズそのはら」は、冬はスキー場になるようで、
写真1は、雪のない季節に人工雪を作る機械でしょうか。

写真2と3は、ページで入れたザゼンソウの花は、こんなに小さなものでした。
17年前に見た『ネタ旅紀行』の103番目「今津町のザゼン草」(滋賀県)は、
もっと大きくて立派なものでした。



「月川温泉郷の花桃の里」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/05/07(Mon) 21:11 No.5254   HomePage

『ネタ旅紀行』に「月川温泉郷の花桃の里」を入れました。

久しぶりにツアーに入って行ってきました。
個人で行くと時間ばかりがかかって不便でツアーにしたのですが、
次ページで書くつもりですが、実は日帰りバスツアーでした。
日帰りなのに2ページに渡るのは、盛沢山だったからです。

写真は、カラフルな花桃とのコントラストで撮ったのですが、
一体これは何でしょう?と思って調べたら、キンキャラでしょうか。
「低木の黄色い葉」で画像検索したら出てきました。

3枚目は、不思議に思って撮っていました。
手前、枝を切られた所から出てきた若い枝には白い花が咲いています。
でも、元の古い木には赤かピンクの花が咲いています。



「観音竹・綾錦の葉」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/04/20(Fri) 13:27 No.5250   HomePage

『徒然記』に「観音竹・綾錦の葉」を入れました。

9年前に撮っていた写真と現在の写真では、こんなに葉の色が違います。
ページでも入れましたが、こんなに葉の色が年老いてきたということは、
やはり枯れる前に記録を残そうと思って良かったです。
でもまだまだ、生き続けそうではありますが…。

なお、同じく『徒然記』で書いた「ルスカス」も「ホンコン」もまだ生きています。



日光陽明門  投稿者: 坂田 道義 投稿日:2018/04/13(Fri) 16:20 No.5235

ひでっちゃん、Mizuさん、ありがとうございます。
あの日は、二月中旬の卒業目前の日。また、国立一期の入試を控えていましたので、男子学生は、「こんな時に、女の手なんか握れるか」と憤慨していましたが、校是の、“規則は守るべし”に従って、しぶしぶ参加しました。
高校時代、曲は、“コロブチカ”の他に、“オクラホマミキサー”を踊りました。
私は、高一、高二と、男子ばかりのクラスで、女子学生とは、疎遠で、“師匠”のように、奇特にも、手を差し伸べてくれる人に対しても、被害妄想や、嫌悪感を抱いていました。
写真は、修学旅行の時、集合写真を撮った、日光陽明門ですが、明朗で、自信にあふれていた、ひでっちゃんとは、反対に、私は、この頃は、本当に、暗い学生でした。
私が、子供の頃の女子学生に思いを馳せるようになったのは、子供を育ててからです。
女子学生達は、皆、子供の頃は、秀才、才媛と評される人ばかりでした。
親が必死になって、進学を支援してくれていた男子学生に対し、女子学生は、意に沿わない進路を辿った人も多かったことでしょう。
そんな彼女達が、どことなく、淋しげな私に、仲間意識を感じてくれていたのかもしれません。
願わくば、同級の女子学生達が、この後も、この陽明門のように、Mizuさんのように、常しえに、美しく輝いていて欲しいと思います。





Re: 日光陽明門   Mizu - 2018/04/14(Sat) 14:03 No.5236   HomePage

Mizu専用 坂田さん、またまたありがとうございます。

おかげさまで、忘れていた若かりし頃のことをいろいろ思い出します。
国立一期校・二期校って、懐かしいですねぇ。
実は私、第一志望の大学には落ちてしまい、泣いた経験があります。
広島で下宿していたのは第2志望の大学でした。
あの頃、女の子が浪人するなんて許されなかったような…。
女の子が下宿するのは許さない、寮へ入れと言われた友達が居ました。
女の子が東京へ行くのも許さないと言われた人も…。
(私は、浪人も東京行きも自分で希望しなかっただけですけど…。)

買ってから9年が経った観音竹・綾錦の葉が黄色くなってきたので、
枯れる前に記録を残そうと、ページに書こうかと思っています。
葉が緑の写真は元気な頃に撮っていたもので、今は7枚の葉もあります。
1本の木で、葉の数がこんなにいろいろで、自由そのものです。





Re: 日光陽明門   坂田 道義 - 2018/04/14(Sat) 21:55 No.5242

歌手 長山洋子の歌“たてがみ”に、♪運と私が、あなたの味方♪ とありますが、Mizuさんの場合、強運と、家庭の支えは勿論、それに加えて、あの寒い粉雪の舞う日、冷たい心ながら、暖かい私の手に触れたことが、現在の幸福の素因となったのかも知れません。
苦楽を共にした、高三同級生のささやかな忘年会、話が尽きないのも当然ですね。




Re: 日光陽明門   Mizu - 2018/04/15(Sun) 14:32 No.5247   HomePage

Mizu専用 強運といえば、私の父は、昭和20年に原因不明の微熱が続いて、
広島から家族が暮らしていた岡山の田舎へ療養のために帰っていました。
治ったので明日は広島へ出かけようと言っていたその夜に、
田舎のこととて、家の前でマムシに噛まれたそうです。
血清?があったからか、大事には至らなかったのですが、
そのために、翌日の広島行きを延期したそうです。
その翌日というのが、何と何と8月6日で、
もし、予定通りに広島へ行っていたら原爆の落ちた爆心地近くで、
父も私達家族もその後どんな人生を送っていたかと思うと、
父の強運に思いを馳せます。 マムシ様様です。


コロブチカ  投稿者: 坂田 道義 投稿日:2018/04/04(Wed) 11:23 No.5219

高三最後の体育の授業。外は寒い粉雪が舞い、室内での最後のフォークダンスとなりました。
男子学生は、受験直前で、不満でしたが、女子学生は、それまでとすっかり変わっていました。
緊張感も軽快な“コロブチカ”の旋律で、ほぐれていきました。
最初の女性は、“こんな良い男の手を握れるなんて”と喜んでくれました。
次の人は、“こんな醜女ですみません”とおずおずと手を差し出してくれましたが、最後には、強く握ってくれました。
Tさんは、他の多くの人と同様に、私を一瞥すると、無表情で機械的に踊りました。
ところが、次の人は、私と指が触れた途端に、激情でしゃがみこんでしまいました。
Tさんは、「この程度の男で、動揺するな」と、目で𠮟っていました。
他には、顔を紅潮させながらも、しっかりとステップを踏んだ人。
何も分からなくなり、ただ、グルグルと回っていた人もいました。
容姿に自信のある人は、正式な舞踏会のように、挨拶をしてくれ、顔を左に向けるのですが、結果、無防備にも、耳や頚、肩から胸までも見えるのですが、初心な私には、“猫に小判”。
終わり頃、私が“師匠”と呼ぶ人になりました。彼女は、高一の最初の日、私の硬い殻を破り、私の心の中に棲みついた人です。
手を取ったものの、腕を伸ばしてくれません。私も咄嗟に“負けてはならない”と決心。彼女の大きな瞳を見ると、私の顔が映っていました。
結局、至近距離で見つめ合ったまま踊りました。
高校卒業後の同窓会。彼女は、愛らしく、挨拶をしてくれましたが、次の瞬間、大勢の男性達に囲まれてしまいました。
私も、数人の女性グループに連れられて、二次会へ行きました。
高校時代と違い、大学時代は、みんな、とても積極的であることを知りました。





Re: コロブチカ   Mizu - 2018/04/04(Wed) 14:06 No.5220   HomePage

Mizu専用 坂田道義さん、来ていただいて、ありがとうございます。

掲示板へ来て下さる人が居なくて、HP継続の意欲低下のこの頃です。
でも、坂田さんは、高校時代の出来事もその時の想いも詳しくご記憶で、
そんなに記憶のない私など、あまりの落差に緊張してしまいます。
その描写には、まるで小説の一節を読んでいるような気分になります。
そうですね、これは思い描く一場面の描写なんですよね。

つぼみ、盛り、枯れ際のミツマタで、描写力の無さをごまかしましょう。(^^;)





Re: コロブチカ   ひでっちゃん - 2018/04/12(Thu) 19:51 No.5233

私も、最後の授業がなんだったか、全く覚えていません。

でも、フォークダンスをよくしたのは覚えています。が、細かいことは本当に覚えていません。曲を聴けば体が自然と動くのではとは思いますが…。

坂田さんの記憶力には脱帽です。




Re: コロブチカ   Mizu - 2018/04/13(Fri) 14:46 No.5234   HomePage

Mizu専用 ひでっちゃん、来ていただいてありがとうございます。

ね、坂田さんのあの小説のような記憶力には圧倒されますね。
よくフォークダンスをしていたことは私も憶えています。
「手が冷たいのは心が燃えているからだ(手が冷たい人の心は温かい?)」
と誰かに言われたことを憶えているので、私の手は冷たかったようです。
あっ、あまり憶えていない中でこんなことを憶えているのは、
そんなことを言われて嬉しかったか、それともいやだったのか??



「綾部市のミツマタ群生地」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/04/11(Wed) 11:21 No.5231   HomePage

『京都』に「綾部市のミツマタ群生地」を入れました。

群生地の端っこの辺りは、このように倒木?の山でした。
そんな場所でも咲いていたミツマタは健気に見えました。



土日には臨時休憩所が開設されるというその建物。
木の香りがする手作りの小屋でした。



手前の緑は何かと思えば、フキノトウが群生していました。



「ホンコンの一大事」追記  投稿者: Mizu 投稿日:2018/03/26(Mon) 16:39 No.5215   HomePage

『徒然記』に「ホンコンの一大事」の追記を入れました。
孫一家が来る前に書き上げていたものです。

一昨年、7年ぶりに花が咲いてから、2年経って再び花が咲きました。
でも、今回は実が膨らまず色づかないままで終わりました。

ついでに、ここで書いておきます。
「枯れないルスカス」で書いたルスカスもまだ枯れないで生きています。
ページの最後で書いたように、さすがに葉の色は黄色くなっていますが…。

どちらもしぶとく生きています。負けないで私もしぶとく生きなくっちゃ。

孫一家が帰ってから、昨日今日と天気が良くて助かっています。
4人分のお布団や毛布などの大洗濯と片付けがはかどっています。
ただ、いつものゆったりとした生活が一変して重労働続きなのに、
この1週間筋トレへ行かなかったので、腰が痛くて…。
「孫が来ると嬉しいが、帰るとホッとする」を実感しています。

写真は、庭の草を抜く時に抜かないで残したスミレです。
4歳の”は”の字さえ、「あ、スミレだ!」と見つけてくれました。



恋の街広島  投稿者: 坂田 道義 投稿日:2018/03/20(Tue) 09:42 No.5212

>同級生はなくても、「若い先生と女生徒」はありましたね。
>高校卒業後大学1年の時に、同じ下宿の彼女から、先生との婚約を打ち明けられました。
>でも、「絶対誰にも話さないで」と言われて、私は口をつぐみました。
この件、福山では、学年主任のM先生が、「あるまじき事」と、否定されたので、私達の間では、‟タブー”となってしまいました。
私達の頃の女性は、24才までに結婚、30才までに出産を終えるのが普通でした。
春はあまりにも短く、周囲の誰かと結ばれなければ婚期を逃してしまいます。
女性は大学時代に三度変身します。入学時と、学部進学時、そして、卒業時です。
彼女は、婚活のために、大変身し、そして、シンデレラの馬車に乗れたのです。
二人は、既に社会人であり、祝福される結婚だったのだと、再認識しました。
それにしても、この下宿、女性達はみな、良縁を得たのですね。
♪ オリーブの会で、瞳を交わし、私の恋は始まりました。
あの頃、“恋の街広島”は、恋愛と婚活で輝いていたのでしょう。





Re: 恋の街広島   Mizu - 2018/03/24(Sat) 14:21 No.5213   HomePage

Mizu専用 坂田道義さん、来ていただいてありがとうございます。
レス入れ遅くなってごめんなさい。

書き込んでいただいた日がもう1日早ければ良かったのですが…。
実は、広島から”み”の字”は”の字一家が4泊5日で来ていました。
息子は途中から仕事で広島へ戻りましたけど…。
毎日出かけては何やかや行事があって、毎日がてんやわんやで、
パソコンなどする時間はとてもじゃないけど無かったです。

今日からは母親の”あ”の字さんの実家の方へ行きました。
孫嵐の後の片付けも大変ですが、先ず先ずは静かな生活に戻ったので、
何はともあれ、ともかくも、書き込みのお礼を。


「「草枕」の小天温泉」  投稿者: Mizu 投稿日:2018/03/13(Tue) 09:54 No.5210   HomePage

『ネタ旅紀行』に「「草枕」の小天温泉」を入れました。

地震の名残りか、屋根の瓦が飛ばないように?タイヤが乗っかっていました。
大きなデコポンがたくさん生っていました。



熊本県ですから、くまモンの写真をもう少し。



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